前回、私が2) 「主体」を「何」であると結論付けたか、ご理解いただけたであろうか。
もちろんそれが「狸型ウチュウジンである」などと言っているのでは「ない」ことは言うまでもない(笑)。
それを明記しておかないと先の3)に進めないから要点だけまとめると、
つまり「主体」とは、狸にもカミサマにも人間にもある、しかし肉体的・物質的次元には存在しない「霊魂」や「意識」や「精神」と呼ばれるものであって、「それ」を通じて人も神も動物もテレパシーのようなもので意思を通じ合っている。
ということになる。
しかも物質界に属していないことから、「それ」は死後も存続可能で、そのような、肉体を失って「精神」だけが残ったものがカミサマとして神社などに祀られているのではないか、というところにまで話は及んでいる。
さらにそこに、「神社など古来より聖域とされる場所というのは、磁場の影響かなんかでそのような『主体』とアクセスしやすい特異地点であるかもしれない」というのも付け加えておこう。
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以上、これまで書いてきたことを踏まえて、次は3) 「そのような不思議な出来事に遭遇するという未来は、一体いつの時点で決定していたのか」という「時間」にまつわる問題に移る。
この「狸に化かされた話」では、ヘッドライトを見せた「主体」がなんであれ、「それ」は少なくとも狸の横断が起きた神社の前に到達する数百メートル前の時点で、狸と車との危険な接触が起こるであろうという「未来を予知」していたことになる。
また、たとえばこの夢で私は「北京五輪の開会式および閉会式と、その直前に起きた仏教寺院に関係する出来事と、それに深い繋がりを持つひとりの老人」のことを事前に知っていたわけだが、1年半も前に、どうして私は五輪セレモニーの内容等を「知りえた」のだろうか?
2)において私は、その「主体」が人にも動物にもカミサマにも共通の、物質的な実体を持たない「精神、意識、霊魂のようなもの」である、と結論付けた。
そこで、もしそれが物理的な実体を持たないとしたら、当然物理的な制約も受けないであろうことが考えられる。
仮に、「昔生きていた人だったけど、今では物質的な肉体を持たず、神社という特異地点に存在していてカミサマと呼ばれている『意識』や『霊魂』のようなもの」が衝突を予知し、そのうえでヘッドライトの幻覚を見せ回避行動をとったのだとする。
当然「それ」は肉体という物質から離れた「精神だけの存在」であるがゆえに、狸や人という「肉体という物質に囚われている」存在よりも遥かにそのような「不思議な現象」を起こし易いといえそうだ。
同じことは人が見る「夢」についても当てはまる。
つまり、どれほど「リアルな」夢を見たとしても、その夢に「物質的な実体」はない。
そして夢がそのような「実体のない精神だけの世界」だからこそ、「『時』という物理的制約を越えて未来を垣間見る」ことができるのだ。
よく、そのような夢を「何が」見せているのか、と問う人がいる。
それに対して上記考察から答えるならば、それは人にも狸にもカミサマにも「等しく」存在している「精神(意識、霊魂)そのもの」が見せて(見て)いるのだ、ということになる。
しかもこの狸とカミサマと人との事例から導き出せるとおり、それらは「テレパシー的なものでお互いに連絡を取り合う」ことも可能なのである。
このことは、「意識や精神や霊魂の世界」では物質界でのそれぞれの「見た目の違い」はあまりたいしたことではないことも意味している。
(「3) 時間」の前半おわり。次回に続く)
☆K-1☆
今日はK-1です!!!!
一番の楽しみです★
その中でも、1番好きな選手レイ・セフォー(>∀